(ガイゼロ+ロイド/続ロマンチックに赤添えて/現代パラレル)

 

 

 

 



 
君はリストの先頭だから



 分厚いカーテンで遮られた窓の向こう。
 ほんのわずかに開いた隙間から外の景色がよく見えた。アスファルトの道路も、濃い青色の屋根も、すっかり剥き出しになってしまった桜の木の無数の枝にも、真っ白な粉がかかって積もっている。
 雪が、降っている。
 起き抜けで暖房器具のひとつもつけていない部屋は室内といえども寒かった。吐く息は白くなるんじゃないかと思ったがどうやらそこまでは寒くなかった。少し拍子抜けしながら暖房の電源を入れて裸足のまま洗面所へと向かう。床は冷たい。だけどずっしりと重い心に比べると大分マシだと思う。
 なぜ心が重いって、今日がクリスマスだから。しかも雪が降ってるときたもんだ。
 二重の悪夢だ。
 ロマンチックに雪なんか降ったクリスマスに良い思い出はない。…ここ十三年の話に限り、だけど。なぜって、十三年前のまさに今日のような日に一番好きだった奴と別れる羽目になったからだ。それは妹のためだったのだけれど、だから勿論別れるのは仕方がないと思っているし妹は何より大切だしその別れのおかげでいまや妹は全快したわけだけれども、それでも、今日のような日を嫌いになるには相応し過ぎた理由だった。
「俺様もいい加減しつこいよなぁ…」
 なんて溜め息と独り言だってこぼれる。十三年。一人に固執するには長すぎる歳月だと思う。どうしてそんなに、と問われればただ好きだったとしか言いようがないのが始末に終えない。相手がどう思っているかなんて知りもしないのに。というか相手はむしろ俺のことなんか忘れていると思う。だってたったの八年だ、一緒にいたのは。なのにこんなにこだわっていては流石に気持ち悪がられるだろう。…という前提があるので実は隣街という近所に住んでいるのに会いにいけない。だって会ったらきっとうまく嘘がつけなくて本当のことを言ってしまう。嫌われたくはないからせめて美しい思い出のままで留めさせておきたい。

「しつこいって何がだ?」
「うを!? ……ロイド?」

 なんて考えに浸っていたらいきなり背後から声をかけられた。本気でびびった。
 振り返って背後を見れば朝食らしき食パンをかじりながら首を傾げている同居人がいた。同居人、というか、実家よりも俺の部屋からのほうが学校が近いからと何気に泊り込み続けているだけなのだがもう居候とか同居でいいやと思い始めてしまうほどに遠慮のない男だ。名前はロイド。出会いは道でぶつかっただけで本来ならただ通り過ぎるだけのはずなのに何故かこんな関係にまでなってしまった。それはひとえにこの男の人心掌握術というか天然のなせる業だった。
「そんなに驚くなよ。考え事でもしてたのか?」
「…ん、まあ、つかやけに早起きだなロイド」
 起きた時携帯を見た限りでは今はまだ八時にもなっていない。学生天下の冬休みでコイツが昼過ぎまで寝ていないなんて珍しいことだ。
「今日ルークたちと遊ぶから。その前に済ませる用事あるし」
 小さな断片になった食パンを口に放り込みながらロイドが答えた。用事。課題や宿題をロイドが自ら進んでやるとは思えないから実家にでも顔を出すのだろうか。もう一ヶ月以上帰っていないと思う。過保護な父親が何度も電話をかけてくるからロイドに連絡しろといったあと着信拒否にしたのは確か一昨日だ。
「クラトスのとこか?」
「違う。ゼロスのこと」
「俺様?なにかあったか?」
 予想外の答えに首を傾げる。別にクリスマスにロイドと何か約束はしていない。というかクリスマスは誰とも予定を入れない。なんとなく一人でいたいのだ。だからロイドの用事に見当がつかなくて明確な答えを待っているとロイドは「準備が済んだら言う」と俺を洗面所に追いやった。準備って、ロイドはもう着替えも何も済ませていたから俺の準備だろうか。とりあえず顔を洗いながらいつも突飛なロイドの思考に追いつくことだけを考えた。
 まあ、追いつこうとして追いつけるんなら空だって飛べる。それほどにロイドの思考は遠く離れているのだけれど。

 だから、予想外、というか、
 まさか嘘だろどうしてだよ、とか
 思ってしまうようなことをコイツがやってのけてしまうのはいつものことなのだ。

 わかっていたはずなのに、回避はできない。しないほうがいいのかもしれない。だってロイドはいつも突飛なことをするけれどソレは相手にとって最善のことだけやるからだ。まるで子供の願い事をリストで持ってる赤尽くめの男みたいに。どうしてそんなことができるのかっていうと、ロイドがロイドだからだ。そういう男だとしか言いようがない。赤尽くめの男が赤尽くめの男だからという理由と同じだ。
 …そして今は、そんなことはどうでもいい。
 ロイドについては改善も改悪もできないのはわかりきっている。だったら問題は目の前の事態のほうだ。こちらへの対処のほうが重要事項だ。
「おいロイド!どういうことだよ!」
『どうってみたまんまだろ。俺からのクリスマスプレゼント。お前さゼロス、いい加減面倒くさいこととか後ろ向きなこと考えるのやめて素直になったほうが良いぜ。そのほうがぜってー楽しいし幸せだし、ゼロスが幸せなら俺も幸せだから、な? 遠慮せずやりたいことやって言いたいこと言って、全部だめになっても俺がいるから大丈夫だから、好きにしろよ、じゃあな!』
 対処に困りすぎた挙句俺を置いてどこかに消えたロイドの携帯に電話してみれば一気に言いたいことだけ言われて切れた。虚しい機械音の響く携帯を握り締めながら俺はついに覚悟を決めるしかなくなった。大丈夫だから、やけに真剣な声で言ったロイドの言葉に押されながら降りしきる雪に向けていた視線をソレへと向ける。

「…ひ、さし、ぶりだな、…ゼロス」

 驚いてるからか寒いからかわからないがぎこちなく微笑みながらそう言った目の前の男はガイラルディア・ガラン・ガルディオス略してガイ。

 会いたくてたまらなかった、今日と同じ日に別れたはずの幼馴染

「……よぉ、久しぶり、ガイ」
 うまく笑えただろうか。きっと失敗してる。そんな取り繕った笑顔を浮かべながら一言交わして早くも沈黙が流れた。ああ、確かに会いたいとは思っていたけどこんな唐突な再会は考えていなかった。一応出掛けれる程度の準備を終えた俺を目的地も告げぬまま引っ張って行ったロイドの足を無理やりにでも止めて置けばよかった。強引さに負けて気づいたら知らないアパートの一室の扉の前でインターホンを押すロイドを何気なく見てたらあいつは爽やかに笑って「じゃあ俺ここまでな」と来たときと変わらぬ足取りで長い通路を歩いていった。遠ざかる後姿に呆気にとられて玄関の扉が開くのをただ黙って受け入れてしまった。そこがまさかガイの部屋だとは知らなかった。扉を押し開けた短い金髪の青年は少し前に遠目から見たガイそのもので跳ねた心臓が煩わしかった。
「………」
 どうしたらいいんだろう。
 この状況じゃ俺が押しかけてきてる。何か話そうにも何を?ロイドは素直になれだの何だのいっていたがいきなりなれるかそういうこと言うならせめて隣にいてくれロイド!
 心の中で散々ロイドを非難していたらいきなり腕を引かれた。
 何だと思っていつの間にか足元に固定されていた視線を腕に向けると俺のより大きな掌が腕を掴んでいた。その体温がやけに熱い。その掌の持ち主が今まで室内にいたためだろうか、俺が外にいるからだろうか、ひらいている温度差に戸惑いながらも腕から上へ顔を上げるととたんに視界が金一色に染まった。
「!?」
 髪の毛だ。ガイの。ガイの?
 どうして目の前にと思えばそれは俺がガイに抱きしめられているせいだった。腕を掴むのとは反対の手が背中にまわっている。片腕一本の力だというのにガイの体に押し付けるように抱きしめられている俺は身動きひとつ出来なかった。
 心臓がやけに煩い。
 ガイにも聞こえるんじゃないだろうかというほど大きな音を鳴らす心臓は俺の顔まで熱気を押し上げてくる。頬どころじゃなく耳まで真っ赤になっているであろう自分を想像すると笑ってしまう。はじめて恋する女じゃあるまいし。…いや、あまりにもその通り過ぎて笑えなくなった。
 そうだ、そうなのだ。本来の俺なら男に抱きしめられたりなんかしたら鳥肌立てるどころじゃすまないのに、今は顔赤らめて心臓が煩く鳴って。嫌悪感なんて微塵もないし掴まれていない俺のあいている片腕は無意識のうちにガイの上着の裾を掴んでいた。そうだ、もうずっと前から、幸せだった十三年前からずっとわかっていたことだった。
 俺はガイが好きで好きで堪らなくて愛して欲しいなんて、こうやって抱きしめて欲しいなんて考えていたまさしくはじめて恋をした状態だったんだ。ガイだけが好きで十三年間過ごしてきた。…こうなったらロイドの言葉どおり言いたいこと告白して当たって砕けてしまったほうがいいのかもしれない。浅く深呼吸して、ガイの肩口にもたれていた顔を持ち上げる。
「………が、い」
 視線を合わせるとガイはひどく泣きそうな顔をしていて、そしてすごく真剣だった。咄嗟に言おうとしていた言葉を飲み込むとガイが口をゆっくりと開いた。

「…会いたかった、ゼロス、ずっとずっと、…お前のことが好きすぎて、本当、どうしようもなかったんだ」


 俺の欲しかった言葉を何でだか申し訳なさそうにつむぐガイは言い終えると顔を伏せた。鼻先がこめかみに軽く押し当てられて背中の腕にはいっそう力が籠った。それからしばらくそのままでいたガイは不意に体をはなして、小さな声で「ごめん」と言った。何に対して謝ってるのかわからず俯いたままのガイの顔を覗き込むと泣いてはいなかったがやっぱり泣き出しそうだった。
「なにが?」
「…男に好きなんて言われたら、嫌だろ?しかも…その、十三年前からずっと、だしさ、ホント、ごめん。忘れてく……」
 ガイの言葉は途中で途切れた。
 聞く必要もなかったし、言わせる必要もなかったからだ。
「俺様も、ずっと好きだったぜ?」
 思っていたことを吐き出してやっと普通に笑えた。取り繕う必要がなくなったことに心底安堵しながら、ガイの顔を真正面から見据えてやる。泣き出しそうだったガイの顔は面白いくらいに一気に真っ赤に染まっていく。
 それが言葉のためか不意打ちで送ったキスのためかはわからないけれど、念願叶った両想いなので気にしないことにした。








 クリスマスに白い雪。願いをかなえてくれる赤尽くめの男であったロイドに多大な感謝を心の中でひっそりととなえた。


 

 

 

071224.
ガイ視点のだけじゃ何も報われないのでゼロス視点も。ゼロスの口調が限りなく偽者だけどもう眠いから気にしてられない。
どうしてもゼロスだけじゃガイと出会わないのでロイドも登場。ロイドがガイの家知ってたのはガイが家庭教師してるルークとアッシュとお友達でいろいろ聞き出したから。ゼロスがガイを好きなことは出会ってすぐから知ってたけどロイドもゼロスが好きだったりとガイゼロ←ロイドという大変話に関わらなかった設定もあった。