赤い背中

 

 

 

 

 

 

 最近よく夢を見るんだと、口早に告げたロイドの表情は暗く、いつもと違う雰囲気に作り慣れた筈の俺の表情さえも飲み込まれてしまいそうだった。口元に無理矢理笑顔を浮かべて、しまったこれは作り物過ぎた、と思いながらも俯いたまま此方を見ないロイドを見て、これでもいいかとそのままにした。
「で?どんな夢見るのよ」
 俺様に相談したくなるくらい深刻なんでしょうと茶化したように云ってやるとロイドは力なく首を縦に振った。事態は思ったよりも深刻だ。どうしてそんな相談をまだ出会って間もないような男に出来るのかその神経は疑わしいけど、例えば夢の内容が古くからの付き合いのある彼女らの話ならばわからないでもない。しかし、安易な恋愛話ではなさそうだ。だとすると神子についての話だろうか、俺はそんな予測を立てながらロイドの口が開くのを待った。
 出会って間もない、そうだ、まだ一週間と経っていない。
 危険は承知だが、迷った末に抜けられなくなったガオラキアの森で野営をし、俺は今夜の不寝番として全員が眠った後も一人で焚き火の前に座っていた。いつ魔物が出るともわからない森の中で、冗談じゃないが、信用できない人間を見張りにたてて眠れなんかしない。不寝番は自分で申し出たのだった。その時のがきんちょの物珍しそうな顔を何となく思い出しながら、当分消えそうにもない焚き火の炎を眺めていたら、背後でロイドが動く気配がした。
 出会って一週間。その間に大した会話はしていない。監視対象がハーフエルフだった事がわかったり華々しい神子生活に指名手配のレッテルが貼られたりと、色々忙しかった。それにロイドとは敢えて会話をしないようにしていた。あの天使様の息子だ、関わっていい事があるはずもない。
 そう思っていたのに、背後で起き上がったロイドは真直ぐに俺を目指して歩いてきやがった。剣の柄に手を伸ばしかけて、止めた。数歩後ろまでロイドが来たところでまるで今気付いたように振り返って笑ってやった。どうしたのハニー、と云うとロイドは少し笑った。そしてなんの断りもなく俺の隣に座ると、少し時間を置いて、表情をなくした。
 パチパチと炎が混ざる音を聞きながら、こいつにこんな顔が出来るのかと驚いた。何か悩んでいる風なのはすぐにわかった。なんて父親似なんだと、思ったところであの言葉だ。

「…コレットちゃんの事とかか?」
 ロイドが俯いたまま何も云わないので俺から云ってやった。コレットちゃんは、自我を取り戻しはしたがまだなにか行き詰っているように見える。悩むのなら正当な理由だ。
「…違う」
 だけどロイドの口からは否定の一言が返ってきた。じゃあ何だ、無言でその事を訴えると、ロイドがゆっくりと此方を向いた。作り物臭かった笑顔は場の空気に慣れてきたおかげでいつものものに戻った。
「ゼロス、お前さ、……」
 俺の顔を見て云うと、すぐに咽喉に何かが詰まったように黙ってしまった。
「なーによ、俺様がどうかした?」
「どうかしたっていうか…どうもしないで欲しいって云うか」
 よくわからない言葉に首を傾げる。手袋を外しているロイドの手が癖のある茶色い髪を何度か掻いた。どうもしないで欲しいの意味がわからない。だからなんだと、つい苛つきそうになる心はあっさりと奥底へと沈めることが出来た。この程度、どうってことない衝動だ。
「つまりなに?ハニー」
「つまり……あー…変なこと云うのかもしれないけど」
「ハニーはいつも変でしょーよ」
「な、失礼だぞお前それ!」
 俺がいつもの調子で話してやればロイドの調子も元に戻ってきたようだ。なんて単純。騙すにはもってこいの対象だなと思いながら、そんなことも微塵も感じさせないであろう笑顔を浮かべて、それでどんな夢なのよ、と云った。
「………ゼロスの夢だ」
「は?俺様?」
 予想外だ。なんで関わりの少ない人間の夢なんか見る。俺の頭の中には疑問符が大量に浮かんでいたが、その疑問符の群れは次のロイドの言葉によって遥か彼方へと吹き飛ばされてしまうのだった。

「死ぬなよ、ゼロス」

 一瞬頭が白くなる。
 約束だからな、と云って勝手に自分と俺との手の小指を繋いで何度か上下に振ると、まるで夢だったようにあの暗い雰囲気を消し去ってロイドは自分の寝床へと戻っていった。
 よく、分からなかった。
 死ぬなと云われる理由もないし、そもそもどういう話だったのだろう。夢の話だったはずだ。短い付き合いだけど、暗く沈むロイドは見たことがない。そのロイドが表情を曇らせて悩んでいたのが俺の事と云うのは、どういうことなんだろう。

「俺様が死ぬ夢でも見たのかよ、ロイド君」

 地面に転がってはいるがまだ眠っていないだろうロイドの赤い背中に向かって笑ったまま問いかけると、背中はくるりと此方を向いて、ロイドは少し情けない顔をして、頷いた。
「悪いけど、俺様そう簡単には死なないぜ?心配なんかされなくっても…」
「俺が、」
 言葉は途中で途切れた。
 真剣なロイドの声に自然と表情が消える。
「俺が、殺す、夢だったんだ」
 ロイドは云うとすぐにまた背中を向けた。俺は、表情をなくしたまま、なんてことだろうと思わずにはいられなかった。気を緩めれば口から溢れてたかもしれない。笑ってしまいそうだった。それは多分正夢だと、云ってしまっていたかもしれない。
「…そうか」
 ロイド達にとって一歩先は闇だろうけど、俺にとってはそうじゃない。もう自分が死ぬ瞬間までを考えて、その通りになるように動き始めている。死ぬときに、俺の目の前に立っているのは多分ロイドだろう。
 随分ぼんやりと赤い背中を見ていたらしい。パチリと跳ねた炎の音で、やっと自分の口が笑っていることに気付いた。音に出さないだけで表情には現れてしまっていたらしい。指先で何度か顔の頬の辺りをさすって、思い出した。小指がなんだか熱い。約束だと云った声が頭の中でよみがえって、今度こそ声に出して笑った。起きていたロイドが少し驚いたようにこちらを見た。

「あァ、約束だ、ハニー」

 俺の言葉を聴いた瞬間、嬉しそうに微笑んだあいつの顔がいつまでも脳裏に焼き吐いている。小指はまだ熱いままだ。笑い出しそうな衝動は押さえられそうにないので、せめて声だけは殺すようにと努めた。
 どうせ裏切るのなら、徹底的に裏切ってやろう。
 約束しただろと、笑ってその剣を受けてやる。それで自由と安息が手に入るのだ、なんて素晴しい最後だろう。ロイドの顔は、容易に想像できた。

 その後の事は、あまりにも難しくない展開なので、考えるのが嫌になった。
 そして今夜はクルシスへと報告をしていなかったことを思い出して、全員が眠っているのを確認して焚火の傍を離れた。離れてからはじめて、随分冷え込んだ夜だということに気付いた。


 

20060124.
 少し距離をとってみて初めて気付くものとか。今はこう考えているけど、次第にロイドに生きていてもいい理由を見つけていくゼロスとかを根本に置いてるのでこれはゼロスルートです。あと、動物的感覚で危険を察知しているロイドとか。
 ところでこの辺りはもう時期とかの記憶が曖昧で、えぇ、ゼロスと会ってどれくらいでガオラキアに行くんでしょう。一応一週間以内にしておいたけど、というかこの時点でコレットが自我を取り戻していたかどうか…いない気がしないでもない。えー、違ったとしても軽く流して読んじゃって下さい。あ、この話一応ロイゼロなんですよ。分かりづらいですね。