左の眉を少し下げて心なし申し訳なさそうな顔をして、それにつりあう程度の困った声音で男は静かにごめんなと、だけど背筋はピンとのばしたままいったのだった。
いつだって絶望を君に
「またフったのか」
うっすら涙を浮かべた少女をあろうことか置き去りにしてその男は踵を返した。今振り返ればきっと少女は絶望を知るのだろう。男は平然と先ほど取り繕った表情を捨てていつもどおりのなにも考えていなさそうな、それでいてどこか鋭い顔に戻っていたからだ。 少女を呼び出された校舎裏に残したまま、姿の見えなくなるその角を曲がったとき俺はそいつに声をかけた。一瞬男は視線をめぐらせ、すぐに俺を見つける。さほど高くはない椿の木の枝の中にいる俺と目をあわそうと顔を上げて一歩下がった。 「よう小僧、みてたのか」 「校舎裏で告白なんてありきたりだな。日本の学生の習性か?」 疑問には答えない。それは男も同じだ。
「ツナとごくでらにはヒミツな」
告白を、じゃなく嘘をついたことをだろう。 先ほどの申し訳ない態度はどこへやら、男はへらへらと笑っている。ごめんなといったけど本当は悪いとなんて思っていないのだ。この男はそういう男で、だけど物事を運ぶために無意識に取り繕って謝るフリをする。 それはただの嘘だと、こいつは思っている。 自分が簡単に嘘をつく人間だとこいつはあの二人に知られたくないのだ。 恋なんてものは凌駕した場所にいる「友達」の二人には、こいつはいつもきれいなところしかみせない。 「一昨日のこともか?」 「なんだ、知ってたのか?」 俺を囲む木の枝々が風にざわめく。葉からこぼれる独特のにおいが鼻についた。 「じゃあ、それもヒミツな」 にこりと、まるで爽やかなスポーツマンのように男は笑った。 (まるでというかスポーツマンかこいつは) この笑顔に恋するやつらは多い。 一昨日こいつを校舎裏に呼び出した少女も同じ類だった。展開は今日とまったく同じで、でもそれは既に何回何十回と繰り返された当然の光景だった。
「お前一回くらい付き合ってやったらどうだ」 俺の提案を男は聞こえないフリをした。多分嫌だといいたいのだろうがいえば何かを傷つけることを知っていて、だから聞こえないことにしているのだ。この男はそんなくだらないやさしさを持っている。 「なぁ小僧、おれかえるけど」 のってくか?と、自身の肩を指差して男がいった。 頷きはしないが木の枝をける。別に座り心地がいいわけではないが居心地が悪いわけでもない。同年代のそれに比べると大分しっかりしているその肩に座ると浅い呼吸音がきこえた。男の目は座る瞬間の俺に向いてすぐに目の前へと戻された。
「おまえは、」
呟く程度の俺の声でもこの距離では聞き逃すことはない。男はだけど聞こえないフリをした。
「酷い男だぞ」
あの困った顔で片眉を下げて俺にもごめんなといえばいい。いわないのは、俺がツナのカテキョーだからだろう。獄寺が俺を尊敬してるからだろう。
聞こえないフリをし続ける男の鼓膜にはきっとかたい蓋でもついているのだ。 それをとりはらうことは、男に恋する俺や少女たちには一生できない偉業なんだと、俺の中の理性が笑った。
090313.報われないリボーンってなんかすき。でも報われてもすき。
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