鈍い殺意をだきしめた

君はわたしの
ヒーロー

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

空が飛べるとか、時間を止めれるとか、この両手でできることはそんな些細なことでよかった。そういった男はまるでその男の為に誂えられたかのように手の平にしっくりとなじむ刀を利き手ではない方の手で持ってぶらりぶらりと揺らしていた。その度に鈍い光沢を放つ銀色の刃からこぼれる真っ赤な液体がぽつりぽつりと硬いコンクリートの地面へと吸い込まれていくのだ。

ぽつりぽつりと、確かに染みは広がっていく。そうして、その染みの先端には今はもう名前すらなくなってしまった一人の男の動かなくなった肢体が転がっていた。決して小さくはない背中には見事な一閃が走っている。そこから溢れていた液体は体の下に大きな水溜りをつくっていた。男はひどく無感情にそれを見遣って揺らしていた刀を地面へと突き刺した。土ではないのにさくりと当然のように突き刺さるそれは鈍く光る刀身が鋭い刃だからだ。誰かの命をたやすく奪ってしまえるほど研ぎ澄まされた覚悟や決意がそこに宿っているからだ。

まるでそれは男に似ている。

男の背中には胸にはいつだって仲間をまもるための覚悟と決意とそして一握りの周囲に対する同情が宿っている。


「空が飛べるとか、時間を止めれるとか、そんなことでよかったのに、」


男は俺を見た。
覇気のない瞳は10年前に出会ったときには想像すらできなかった。男はいつだってたくさんの勇気やら希望やら夢やら愛やらに囲まれていた、そうだまるでヒーローのようだったから、絶望などは知りえない人種だと思っていた。

「そんなことったって、だれもできねえことだろうが」
「でも、些細なことだろ」

俺とは重きを置く場所が違う男にとっては空が飛べても時間を止めれてもそれほどの重要性はないのだろう。俺ならば、10年前のあの時に時間を止めてしまって永遠と繰り返す日常を謳歌してしまいたいと願うのに。男と俺では現実逃避するための方向性が大きく食い違っている。


「だれかを、ころさないっていうのは、むずかしいのな」


ぽつりとこぼれた言葉は男の最大の本心だろう。生まれながらの殺し屋と、誰もの評価を受けるその男は本当はヒーローではなかった。自分のため、人のため、何かのため、男はいともたやすく誰かの命を奪ってしまえる程度の殺意にもなりきらない感情でもって支配されていた。
動かなくなった肢体はもう氷のように冷たくなっている。

「それでも俺は、」

足元に転がしたまま放置されていた刀の鞘を拾い上げて男の手の中に押し付けた。それで男の中の鈍い殺意も隠してしまえればどんなに良かったのだろうかと、以前にある方がいっていた。俺が最も尊敬するその方は男が報告をあげてくるたびに眉をしかめて困ったように俺を見た。やめさせろといいたいであろう事はわかっていたが俺では男を止めることはできないのだ。
俺は、たとえ人殺しでも殺し屋でもなんでも、その男が傍にいてくれることがうれしくて、だからこそ男が俺と同じ世界で生きていくために必要である鈍い殺意を咎める事ができずにその暴走を毎回見送るしかないのだから。あの方のご期待に添えたいのに、俺はいつだってダメなのだ。


「そんなお前が、生まれてきてくれてよかったと思ってる」


だから誕生日おめでとうと、いうと男はやっと笑った。そして、ごくでらがよろこんでくれるならいいやと、空を飛んだり時間を止めるよりよっぽど些細なことであるはずの事をまるで一番大切なことかのようにいうのだった。

 

 
日記にかいたやつ。これで山本の誕生日を祝ったんだから相当アレだったとおもう。